眼鏡堂書店

山形県東根市を中心に、一冊の本をみんなで読む課題図書形式の読書会を開催しています。 また、眼鏡堂店主による”もっと読まれてもよい本”をブログにて紹介しています。

【眼鏡堂書店の本棚】愛の試み 愛の終わり/福永武彦

眼鏡堂書店の蔵書より、独断と偏見に塗れた”もっと読まれてもいい本”を紹介しつつ、全力でニッチな方向へとダッシュする【眼鏡堂書店の本棚】。

今回紹介するのは、福永武彦の『愛の試み 愛の終わり』です。

愛の試み 愛の終わり/福永武彦

作者の福永武彦は1918年福岡県生まれ。

小説家、詩人、仏文学者として知られ、代表作に『風土』『草の花』『忘却の河』。

また加田令太郎名義で推理小説を執筆したことでも知られています。

福永武彦といえば文学的流派としては”第一次戦後派”に分類されると同時に、”マチネ・ポエティック”の一員としても有名です。マチネ・ポエティクとは、太平洋戦争中の1942年に、日本語によるソネットなどの定型押韻詩を試みるために始まった文学運動のこと。近代日本文学への批判、他者としての自己を確立するために外国語を学び、外国語の手法による詩作を行いました。しかし、三好達治に否定的な評価を下されるなど、厳しくも芳しくない結果となりました。

 

それはさておき。

 

福永武彦といえば、堀辰雄の薫陶を受けた作家として知られています。

その所為か、個人的に非常に透明感のある美しい文章を書く作家、という印象。個人的に好みの作家でもあり、一時期熱心にその著作を読んでいました。

そんなわけでこの度久々に再読の運びとなったわけですが、眼鏡堂書店の保有する本はなんと初版が昭和33年。一応昭和46年重版とはいうものの、文章は旧仮名旧漢字。読みにくいといえば読みにくいのですが、全く読めないわけではないのが少々救いです。

 

というわけで、『愛の試み 愛の終わり』。

本作は孤独と愛について書かれたエッセイで、

人は孤独のうちに生まれてくる。恐らくは孤独のうちに死ぬだろう。

という有名な文章から始まります。

本作では、愛と孤独の関係性を「他者としての自己」という視点から描きつつ、その章で語った内容を、また次の章でさらに深めて思考していきます。

愛を人間関係における共感性と定義し、愛の効果を、

1)相手の魂を所有したいという熱狂

2)事故の孤独を認識する理知

と分析し、愛の効果は1)と2)の公平にかかっている、と結論付けています。

 

人は愛があってもなお孤独であるし、愛がある故に一層孤独なこともある。しかし最も恐るべきなのは、愛のない孤独でありそれは一つの沙漠というにすぎぬ。

 

引用した文章でわかるように、自分が向かう問いに対して文学者としての誠実さがひしひしと感じられます。

愛と孤独の関係性を論じつつも、その背後にあるもっと大きな命題は「人生をどう生きるか?」。このあたりに、第一次戦後派の苦悩と思考、自身の人生への問いかけ、そして”より深く考える”ということを眼鏡堂書店は感じました。そのあたりが、福永が師としての堀辰雄から受け継いだものなのかもしれません。

なにより、この潔癖なまでの誠実さと深い思考を、面倒くさい、と考えるか、含蓄あるもの、ととらえるかで評価がわかれるような気がします。安易な恋愛論とは一線を画すだけに、ライトなものが求められる現代でもっと読まれてほしいと思いつつも、果たしてその需要がどのくらいあるのか?というような疑問もわいてきます。

あと、個人的な意見として、本作を既婚者が読んだらどのような感想を持つのか、という点にも興味があります。新婚の夫婦、子供がいる夫婦、あるいは子育てが終わった夫婦……。いろんな時期の既婚者の方々が、本作を読んだとしてどういう感想を持つのか、そしてそれは男女で同じものなのか?それとも違うものなのか?個人的にとても興味のあるところです。人によって感じ方が異なるだろう、福永武彦の導き出した結論について是非が生じるだろうと思うと、本作についていろいろとディスカッションできる要素があるため、もしかしたら読書会などに向いているのかもしれません。

ちなみに、文庫版は全面的に現代仮名に直されているので、当然ですが抜群に読みやすいです。眼鏡堂書店としては、旧漢字旧仮名で足踏みをさせられることが、書かれたものへの考えを深めるちょうどいいブレーキになったので、もしかしたら読みやすいからといってスラスラ読み進めるのは、作品の良さを欠くものになるのかも?杞憂に過ぎないとは思いますが。

 

最後に、内容の感想やリクエスト、記事を見て本を読みました、読み返しましたなどありましたらコメント欄に書き込んでいただけるとありがたいです。あと、もし気に入っていただけたなら、読者になっていただいたり、ツイッターのフォローや、#眼鏡堂書店をつけて記事を拡散してもらえると喜びます。以上、眼鏡堂書店でした。

 

【追記】

福永武彦の息子は、芥川賞作家で選考委員も務めた池澤夏樹。そして池澤夏樹の娘が、声優の池澤春菜。生前の福永武彦と会うことはかなわなかったものの、その著作を通して初めて祖父との間の触れ合いを持ったとのこと。

福永武彦の作品を、孫がどのようにとらえ、感じたかはリンク先の本に書いてあります。ご興味のある方はどうぞ。