眼鏡堂書店

山形県東根市を中心に、一冊の本をみんなで読む課題図書形式の読書会を開催しています。 また、眼鏡堂店主による”もっと読まれてもよい本”をブログにて紹介しています。

【眼鏡堂書店の本棚】『花のノートルダム』ジャン・ジュネ

眼鏡堂書店の蔵書より、独断と偏見に塗れた”もっと読まれてもいい本”を紹介しつつ、全力でニッチな方向へとダッシュする【眼鏡堂書店の本棚】。

今回ご紹介するのは、ジャン・ジュネの『花のノートルダム』です。

『花のノートルダムジャン・ジュネ

ジャン・ジュネはフランスの作家で、1910生まれ。孤児として里親の下で育てられるが、幼時より多くの窃盗事件を起こし感化院(※日本で言う少年院のようなもの)へと送られる。その後はフランス外人部隊へ入隊するがそこを脱走。ヨーロッパ各地を放浪し、窃盗や乞食、男娼、わいせつ、麻薬密売といった犯罪を繰り返す。

刑務所に収監されていた時に書いた本作『花のノートルダム』』が、詩人の王ジャン・コクトーの目に留まりデビュー。作品はジャン=ポール・サルトルなどに激賞されるなど、強い注目を浴びる。本作のほかは『薔薇の奇蹟』や『泥棒日記』、『ブレストの乱暴者』などがある。

 

ジャン・ジュネといえば、なんといっても特筆すべきはその経歴。同性愛者にして泥棒。そして、いわゆる文学教育を受けたわけではないにも関わらず、非常に高い文学性と一種耽美的な文体による刹那的な美しさで彩られた作品で知られています。

さらにいえば、今人気のBL小説やBL文学といったものの元祖、ともいえるかと思います。

 

そんなわけで『花のノートルダム』なのですが、当然と言えば当然のように同性愛文学なので、万人にオススメできるものではないような……。

眼鏡堂書店的には、ジェンダーがどうこうというよりも、同性愛特有の人称表現がなかなか最初はすんなりと入ってこず、「彼なのか彼女なのか?」という点で思いっきり混乱しました。

主な登場人物の一人であるディヴィーヌは人称が”彼”であったり”彼女”であったりと、その場面場面で男としてなのかそれとも女性なのかを理解しながら読む必要が出てきます。でないと、ストーリーを追う以前に大混乱します。そうでなくとも、ジュネの文章は結構クセが強いので、要注意です。

実際、本作の語り手である私(ジュネ)は、作中でこのようなことを書いています。

私は男性的なものを女性的なものとごっちゃにする私の気分にまかせて、ディヴィーヌのことを語るだろう。そして物語の途中で、ひとりの女を引用しなければならないということがあるなら、混乱がないように、私はうまく立ち回り、うまい逃げ口上を、うまいやり方をちゃんと見つけ出すだろう。

 

とはいえ、本作で語られるのは男娼、泥棒、刑務所といった最底辺にある世界の中で営まれる人生と愛の物語。それは広義の意味合いにおける恋愛小説といってもよいのですが、それは非常に刹那的です。

個人的にそれが強く感じられるのがディヴィーヌ。

年老いていく、落ち目の男娼である彼(彼女)の上を、様々な人間が通り過ぎていきます。ミニョン、私、花のノートルダム、ガブリエル、セック・コルギ……。

哀れといえば哀れに他ならないのですが、しかしその一方でこの女王(クイーン)は、とても気高くもあります。

われわれには彼女が、長い脚を組んで、手に持った煙草を口の高さまでもっていき、そこに座っているのがわかる。彼女は微笑む、ほとんど幸福そうに。

 

非常に特異な表現が頻出するなど、同性愛に抵抗がある人には間違いなくお勧めできません。しかし、そこに紡がれる物語の熱量はものすごく、ただただ圧倒されるばかりです。

この荒涼として救いのない刹那的な愛の行方というか、誰一人として信用できない、それこそ自分の恋人さえも平気で密告するような、そんな世界で絡み合う、ある愛のかたち。とにかく、ただただものすごい圧のある作品でした。

 

がっちり読み比べたわけではないですが、堀口大學訳は鈴木創士訳よりも柔らかで、どこかおとぎ話めいた印象。もっともそれは古い訳だから、というよりも、堀口大學特有の詩的表現によるところが多い気が。かつて『泥棒日記』や『葬儀』などを結構な頻度で読んでいた時期もあったのですが、久しぶりに読んだジュネ作品はなかなか手ごたえがありました。ちょっと頭がくらくらします。

万人にオススメできる作品ではありませんが、かといって最初から門前払いするのももったいない気がします。

 

なお、余談ですが、登場人物の一人であるミニョンが「俺は真珠をひとつ放つ」「真珠がひとつ落ちた」などとカッコつけていうわけですが(※眼鏡堂書店的に、日本一のイイ声の声優・速水奨さんの声で脳内再生されます)、それが「すかしっぺしました」を指す表現というあたり、ジュネが笑わせに来てるのか、本当にそういう人間がいたのか、判断に戸惑いを隠せません。ただ、眼鏡堂書店的に今年の推しにミニョンがノミネートされたのは間違いないです。

 

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