眼鏡堂書店

山形県東根市を中心に、一冊の本をみんなで読む課題図書形式の読書会を開催しています。 また、眼鏡堂店主による”もっと読まれてもよい本”をブログにて紹介しています。

【眼鏡堂書店の本棚】シブヤで目覚めて/アンナ・ツィマ

眼鏡堂書店の蔵書より、独断と偏見に塗れた”もっと読まれてもいい本”を紹介しつつ、全力でニッチな方向へとダッシュする【眼鏡堂書店の本棚】。

今回ご紹介するのは、2/19開催の読書会で紹介した本から、アンナ・ツィマの『シブヤで目覚めて』を紹介します。

シブヤで目覚めて/アンナ・ツィマ

作品のあらすじは、

プラハの大学で日本文学を専攻するヤナは、ゴスロリと忍者が闊歩する学部で謎の作家・川下清丸の小説にのめりこんでいる。そのとき渋谷では「分裂」した17歳のヤナが単語帳片手に幽霊となって街に閉じ込められていた。鍵を握る謎の作家の秘密とは?日本文学フリークたちの恋と冒険の行方とは。 (Google Booksより引用)

 

作品の舞台ほひとつがチェコの首都プラハで、作者もチェコ出身。

東欧文学(チェコ文学)というと、例えばカレル・チャペックの『山椒魚戦争』やミラン・クンデラの『存在の耐えられない軽さ』などが思い浮かび、プラハの春に代表されるような民主化運動などでの独裁政権への暗喩を用いた批判などが込められた、どちらかというと重くて暗い作品が多い、というイメージがあります。

ですが、本作は違います。

重くもなければ暗くもない。

とにかく、終始ポップ。村上春樹高橋源一郎を足して2で割ったようなポップさにあふれていて、読みやすいし、とにかく面白いです。

特に目を引くのが、日本のポップカルチャーへの言及。

アニメに漫画にゲームに小説。主人公のヤナが唯一ダメなのがV系の音楽ですが、まあそれはそれとして。

学部の入学試験会場にはゴスロリと忍者、各種モンスターボールをそろえたポケモントレーナーピカチュウがいるなど、カオス状態(笑)。もっとも、合格したら合格したで教室には犬夜叉が。

そんな中で彼女が出会ったのが川下清丸。

大正中期から昭和の頭にかけて活躍した作家で、横光利一との親交から新感覚派の作家としてカテゴライズされています。

彼の作品に興味をひかれたヤナは翻訳を始めるのですが、まだまだ力不足。そんな彼女が協力を求めたのが、大学院生のクリーマ。彼に協力をお願いするも、ヤナが取り組んでいる研究が日本の推理小説と聞くなり、クリーマは露骨に見下して取り合いません。

仕方ないので、ヤナは川下の小説をひとりで翻訳していくのでした。

 

その一方。

7年前にシブヤに行ったときのまま、ヤナの念だけがシブヤに閉じ込められていました。脱出しようとしても、ある程度の閾値を超えるとハチ公前に戻されます。このあたりのRPG的な展開が面白いです。

念となったヤナは誰にも見えておらず、そして日本語が全く分からない。シブヤの本屋の棚から引き抜いた本で猛勉強した結果、初めて最初から最後まで聞き取れて理解できた情報というのが、『文学ラジオ 空飛び猫たち』で穏やかな語り口のミエさんが言ったように「クソみたいな情報」で笑えます。

その後は相変わらずシブヤに閉じ込められたままなのですが、仲代達也に似たバンドマン・仲代を軽くストーキングしたりetc、「これって語学留学みたいじゃない!?」。

 

現実世界のヤナは相変わらず、川下清丸の翻訳に苦戦していました。

クリーマに協力を頼むも、「お前もどうせ学部のバカどもと一緒なんだろ?」的な扱いを受けたヤナは爆発し、彼にこう言い放ちます。

「どこでこういう印象をもったのか知らないけど、これまで読んだのは村上だけ、好きな言葉はカワイイ、日本学に進んだのは『ナルト』のサスケが好きだからっていう学部のノータリンと、私は違う」

蓋し名言。

ヤナが日本文学にのめりこむきっかけは、村上春樹の『アフターダーク』。ほかにも島田荘司松本清張など、結構面白いラインナップです。

ただ、その一方で、その昔は『酔いどれ天使』で三船敏郎が着替えるシーンを一時停止して、その筋肉を妹と二人しげしげと眺めるという、かなりアウトギリギリなところもあったりと、なかなかです。

こうしてクリーマーとの共同翻訳がやがて二人の間を近づけていくのですが、このあたりのジブリ感が『耳をすませば』のような雰囲気。そのうえクリーマが日本に留学することで訪れる突然の別れは、眼鏡堂は『天空のエスカフローネ』を思い出して若干めまいがしました。

 

こうして現実のヤナとシブヤに閉じ込められたヤナとの話が交互に展開し、それが交錯すると話の展開がガラッと変わります。

川下清丸がなぜこうも少ないのか?それは彼の妻がそのすべてを処分してしまったからなのですが、それはいったいなぜなのか?

作品『恋人』から読み取れる、彼の醜聞とは?

そして、シブヤに閉じ込められたヤナとクリーマとの出会い、シブヤからの脱出と、川下清丸の謎、バンドマン仲代の正体……。

後半になるにつれてどんどん加速していくスピード感はぐいぐい作品世界にのめりこませてくれるのですが、その一方で個人的にちょっと強引にまとめすぎのような気も。

あと、川下清丸という作家にかかわるちょっとしたギミック、というかトリックも、個人的には「もっと気持ちよく騙されたかった」という感じ。文学探偵・眼鏡堂書店は川下が最初に出てくる文学年鑑の記述で「ん?」という怪しさを感じてしまい、それがちょっと作品の興を削いだのは事実です。

 

全体としては非常に面白い小説で、作中に様々な日本文学が登場するので、『シブヤで目覚めて』をハブとして、様々な作品に触れるきっかけにしてほしいとも思いました。

なんか、雰囲気的に佐藤友哉の『1000の小説とバックベアード』と連想しました。

ポップでキャッチーで軽やかな小説なので、引用された日本文学がどうこうはひとまず無視して(むしろ、近代日本文学の変遷とか位置づけがわからなければわからないだけ、気持ちよく騙されると思います)、まずは手に取って読んでもらいたいと思いました。っていうか、こういう本を見つけてくる(探すアンテナがある)『空飛び猫たち』やべえな。

 

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