眼鏡堂書店

山形県東根市を中心に、一冊の本をみんなで読む課題図書形式の読書会を開催しています。 また、眼鏡堂店主による”もっと読まれてもよい本”をブログにて紹介しています。

【眼鏡堂書店の本棚】『鯨の目 成田三樹夫遺稿集』成田三樹夫

眼鏡堂書店の蔵書より、独断と偏見に塗れた”もっと読まれてもいい本”を紹介しつつ、全力でニッチな方向へとダッシュする【眼鏡堂書店の本棚】。

今回紹介するのは、ニッチの中のニッチ案件。

成田三樹夫の『鯨の目 成田三樹夫遺稿集』です。

鯨の目 成田三樹夫遺稿集/成田三樹夫

見たことない、聞いたことない、という方もたくさんいると思いますが、それもそのはず。本作はいわゆる大手出版社からではなく、秋田県秋田市にある地方出版社『無明舎出版』より刊行されています。凝った、というよりも丁寧な作りがされた本で、同封された月報(?)には渡瀬恒彦さんの文章が寄せられています。

月報

著者の成田三樹夫は、1935年山形県酒田市生まれ。高校卒業後、東京大学理科一類に入学するも1年で中退。帰郷して山形大学人文学部英文科に入学するもこちらも中退してしまいます。なお、この時の同窓生が作家の丸谷才一だったそう。

成田三樹夫

俳優座養成所への入所を経て1964年に『殺られる前に殺れ』でデビュー。その後は映画では『仁義なき戦い』『兵隊やくざ』『柳生一族の陰謀』、テレビでは『探偵物語』『影の軍団』などで活躍。勝新太郎若山富三郎らに愛された、クセの強い悪役俳優として知られています。

その学歴からわかるとおり、成田三樹夫はかなりのインテリ。それは文学への傾倒ぶりからもうかがえ、若いころはアルチュール・ランボーに心酔し、詩作をしていたとか。他にも柳田国男の『遠野物語』にも強い関心を見せていたとのこと。

本作『鯨の目 成田三樹夫遺稿集』は、50歳過ぎから本格的に始めた俳句が収められた句集で、昭和58年7月から亡くなる2か月前の平成2年2月までの全5綴が収められています。

 

某テレビ番組では、芸能人の作った俳句に俳人が点数をつけるものがあるようですが、そういったものと比較すると、成田三樹夫の俳句は豪放磊落にして繊細緻密。定型句と自由律俳句の間で自由に感性の翼を広げるというか、そのあたりが若き日にランボーに心酔し傾倒した様子がうかがい知れるようです。

 

個人的にひきつけられた句をいくつか。

  • 冬の陽やとっぷりと柴の犬
  • 手の冬蠅を見ている
  • 無一物なる木偶の歩みや去年今年
  • 友逝くや手の冬蠅の重さかな
  • 友の訃やせまき厠にただ涙落つ
  • 雀の子頭集めて宮まいり
  • 冬の樹や微動だにせず子等を抱く
  • 力が抜けて雲になっている
  • 子供等の笑い顔みて時疾し
  • あとさきもなき不意打ちの誕生日
  • 鯨の目人の目会うて巨星いず

 

本作には俳句のほかに、句の綴帖の余白に本人が書き込んだメモのようなものが列記されています。そこには文学書や詩集のほかにも、国語辞典や歳時記からのメモ、往時を思い出して再び筆を執ったであろう詩の断片などが記されています。

死を前にしてもなお、様々なものに目を通そうとする向上心というか探究心は、失いたくないものです。また、逆説的に考えると、あのアクの強さを形作ったのはこれらの探求心からの産物であるのかもしれません。

とにかくギラついた、そこにいるだけで存在感のある脇役がいなくなって久しいなあ、と本作を紐解きながら思ったところでした。

 

最後に、内容の感想やリクエスト、記事を見て本を読みました、読み返しましたなどありましたらコメント欄に書き込んでいただけるとありがたいです。あと、もし気に入っていただけたなら、読者になっていただいたり、拡散してもらえると喜びます。以上、眼鏡堂書店でした。