眼鏡堂書店

山形県東根市を中心に、一冊の本をみんなで読む課題図書形式の読書会を開催しています。 また、眼鏡堂店主による”もっと読まれてもよい本”をブログにて紹介しています。

【眼鏡堂書店の本棚】中井英夫戦中日記 彼方より 完全版/中井英夫

眼鏡堂書店の蔵書より、独断と偏見に塗れた”もっと読まれてもいい本”を紹介しつつ、全力でニッチな方向へとダッシュする【眼鏡堂書店の本棚】。

今回紹介するのは、中井英夫の『中井英夫戦中日記 彼方より 完全版』です。

中井英夫戦中日記 彼方より/中井英夫

中井英夫といえば、何といってもミステリ三大奇書のひとつ、アンチミステリ小説『虚無への供物』の作者。ほかにも、4部作からなる『とらんぷ譚』をはじめ、その耽美で美しい文体には多くのファンがいます。また、角川の短歌雑誌『短歌研究』の編集者として、寺山修司や春日井健、中城ふみ子らを発掘、塚本邦雄の再評価を行うなど、こちらの方面でも文学的な功績を残しました。

そんな彼の戦中期の日記が本作。完全版、と謳うからには完全でなかったバージョンもあるわけで。以前に出版されていたものだと、中の文章が新かな使いに直され、一部プライバシー的に配慮が必要であろうと思われる個所については削除、その分詩集『水星の騎士』が収録されていたかと思います。

それはさておき。

戦中日記というと眼鏡堂などが真っ先に思い出すのは、山田風太郎の『不戦派戦中日記』。奇しくも両人ともに1922年生まれ。『不戦派戦中日記』は未読なのでいずれ折を見て読もうと思います。

 

完全版は旧仮名遣いなので読みにくいと言えば読みにくいので、万人向けとは言えません。といいつつ、戦時中にも関わらず(昭和20年)、三浦環のコンサートが行われていたり、映画が上映されていたり、戦争を知らない世代が思い描く戦時下の暮らしとは、結構大きな隔たりがあって面食らうこともしばしば。

とはいえそれはやはり戦時下。窮乏する食糧問題による母の死が中井英夫に与えた衝撃たるや……。これはぜひ、実際に手に取って読んでいただきたいと思います。

いわゆる日記文学で、これほどまでに激しい感情の発露というか激情を目の当たりにしたことはありません。これを初めて読んだとき、感情が停止するというか、圧倒的なその狂ったような熱量に、ただただそれが過ぎるのを呆然とページをめくったことを思い出されました。

文学への憧憬(この時点では小説よりも詩や短歌が多め)、戦争や軍部への怒りと嫌悪、そして中井英夫にとっての核でもある同性愛傾向。

この同性愛の描写が完全版の完全版たる所以でもあるのですが、実際の人物への妄想なのか、それともその相手さえも空想の中で作り出したイマジナリーフレンド的な恋人なのかはさておき、このテの描写や題材に違和感などを持つ方は結構厳しいかも。

書いている当人が、人に見せることを前提としないものとして書いているだけに、文学的ななにかを得ようとするにはだいぶ不向き。かといって、資料的ななにかでもない。

あえて言えば、中井英夫ファンにとっての聖典のひとつ、という感じ。

事実、中井英夫はこの時点から出発しているので。

そう考えると、後年の作品の要素がちりばめられており、彼の創作の一端を垣間見ることになり、中井ファンからすると結構興味深く読んだ次第。

ただ、短い頻度で何度も読み返すか?と問われると、ちょっと首を縦に振るのはためらわれる。そんな作品です。あくまでも、中井英夫という人物のひとととなり(の一端)を知るための一冊、という感じです。

 

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