眼鏡堂書店

山形県東根市を中心に、一冊の本をみんなで読む課題図書形式の読書会を開催しています。 また、眼鏡堂店主による”もっと読まれてもよい本”をブログにて紹介しています。

【眼鏡堂書店の本棚】離婚/色川武大

眼鏡堂書店の蔵書より、独断と偏見に塗れた”もっと読まれてもいい本”を紹介しつつ、全力でニッチな方向へとダッシュする【眼鏡堂書店の本棚】。

私生活や仕事柄様々なことが立て込んでしまい、ずいぶんとご無沙汰していた印象があるのですが、皆様お変わりないでしょうか?

さて、今回紹介するのは、色川武大直木賞受賞作『離婚』です。

離婚/色川武大

なお、眼鏡堂書店的には短編『永日』を課題図書とした読書会を開催しています。

その模様がコチラ↓↓

glassesbookstore.hatenablog.jp

 

さて。

色川武大、という作家には大きな二面性があります。

本名名義では純文学を執筆。デビュー作の『黒い布』では中央公論新人賞を受賞。伊藤整三島由紀夫武田泰淳の三人が一致して推したのは、三人が選考委員を務めた時期には2回しかなく、それだけでも非常に高い作品性が伺えます。なお、色川以外で三人の推しが一致したのは、深沢七郎の『楢山節考』です。

ただ、この純文学路線は行き詰まりを見せ、空白期間を生み出すことに。もっとも、その間は放蕩無頼の生活の中で、阿佐田哲也の筆名の元、『麻雀放浪記』という大衆文学の傑作を生みだし、娯楽小説のトップランナーとして時代をけん引していました。

色川武大阿佐田哲也、相反しながらも同一の人間が作品を編んできたわけですが、この分裂はある意味意図的かつ徹底的。

興味ある方はぜひ検索してもらいたいのですが、色川武大名義と阿佐田哲也名義では原稿用紙に書かれる筆跡が大きく異なります。それくらい当人が意図的に棲み分けをしていたかと思うと、一種の畏敬すら感じるのです。眼鏡堂書店は。

『黒い布』が61年で、そこから結構な期間を経て『怪しい来客簿』で泉鏡花賞を受賞。その翌年に直木賞を受賞したのが本作となります。

 

帯では、当時選考委員であった水上勉司馬遼太郎の選評があるのですが*1、ほかの選考委員もおおむね好評であり、非常に評価の高い受賞であったことが伺えます。ちなみに、この回では芥川賞花村萬月が受賞しており、今の感覚でとらえると、本作がはたして直木賞にふさわしいか?ということにいささかの疑問があります。

たしかに文体は平易ですらすらと読めるところなどは直木賞的と言えますが、文学的な手触りはむしろ芥川賞的。そういう意味では、少々風変わりな作品といえるかもしれません。

本作は短編集なので、表題作を含めた収録作を一つ一つ取り上げてもよいのですが、それよりも、この一冊全体を眼鏡堂書店がどう感じたか?についてつらつら書いた方がよいような気がするので、しばしそれにお付き合いください。

 

表題作の『離婚』は冒頭で、主人公のわたしとその妻(元・妻といった方がいいかも)との連名による、離婚を知らせる告知の手紙から始まります。

要はこの時点で二人の夫婦関係が破綻したことを示すのですが、面白くも奇妙なのが、こうして夫婦関係が破綻したにもかかわらず、この二人は離れたりくっついたりを繰り返すところ。

作中のわたしは言うまでもなく色川武大当人なのでしょうが、当然のように100%ではなくフィクションを加味してディフォルメされています。それは元・妻の方もそうなのですが、こちらは限りなくディティールが実際の妻である孝子夫人に寄せているのがクセモノ。実際、本作発表後に当人と同一視されてしまい、怒りのあまり孝子夫人は自殺を考えたとか。まあ、気持ちはわかる。

それくらいにこの元・妻が奔放で自己中心的。にもかかわらず、不思議とそこに不快感や苛立ちを感じませんでした。むしろ個人的には微笑ましく映ったほど。愛嬌というか、なんというか。

そのあたりを踏まえた、離婚したとしてもそれは人間関係の終わりを示すものではない、というようなことを感じました。夫婦の数ほど夫婦の形がある、というのは簡単ですが、「いろんな夫婦のかたちがあるのさ」と色川さんが目くばせ的に言っているような感じさえします。

選評でもあった、コミカルでありながらそこにはそこはかとないアイロニーが感じられる、そんな作品でした。

眼鏡堂書店は未婚でたぶんこれから先も結婚することもないとは思いますが、そんな自分の目から見ても、この二人の関係性を多少の奇妙さとともに、人間関係というものの奥の深さに触れたような気がします。

過去に取り上げた『永日』もそうですが、人間関係の機微をどこか突き放したような客観性から、しかし、冷たく突き放すわけでもない温かみのある傍観具合で描く筆致は、なぜだか眼鏡堂書店には心地よく思われるのでした。

多少時代がかったところも見受けられるのですが、まあ、それはそれ。

個人的に、色川武大作品はなんともいえない趣というか味のようなものがあって、だからこそ、頻繁にではなく、多少の間なり期間をおいて、手に取ってみたくなります。

買ってからずいぶん積ん読にしていたのですが、なにとはなしに手に取って読んだのが大変に心地よく、そして楽しむことのできた作品でした。

もっとも、あるべき夫婦のかたちとは?みたいなものを求める人には間違いなく向かない作品ではあるのですが、個人的にはもっと多くの人に読まれてもよい作品だなあ、と思いました。この奇妙な味わいをうまく言語化できないのはもどかしい限り。

ぜひ一読していただけたら、と思いました。

 

さて。

最後にお知らせ等々です。

9/24(日)に、マーサ・ウェルズの『マーダーボット・ダイアリー』を課題図書とした読書会を予定しております。開催日の約2週間ほど前に詳細の告知ページをアップし、募集を開始しますので、今しばらくお待ちください。

 

最後に、内容の感想やリクエスト、記事を見て本を読みました、読み返しましたなどありましたらコメント欄に書き込んでいただけるとありがたいです。あと、もし気に入っていただけたなら、読者になっていただいたり、ツイッターのフォローや、#眼鏡堂書店をつけて記事を拡散してもらえると喜びます。以上、眼鏡堂書店でした。

*1:選評についてはコチラ。

prizesworld.com