8/18(日)に、山形市にある旧山形県庁・文翔館前にあるPlayground Cafe BOXにて、マーティン・エイミスの『関心領域』を課題図書とした読書会を開催しました。
基本的に過去作品を取り上げることが多めな眼鏡堂書店の読書会にあって、現在進行形の書籍を取り扱うのは、たぶん初。*1
アカデミー賞を受賞し、さまざまな意味での話題をさらったジョナサン・グレイザー監督の『関心領域』の原作本。しかも映画と原作が全く違うという意味でも、なかなかに話題の多い作品です。
話題といえば、本作において避けて通れないのがナチス親衛隊とホロコースト。
ナチスドイツに最も詳しい一箱店主を目指す眼鏡堂書店としては、
「こいつは黙ってられねえぜ」
とばかりに、サブテキストをがつっと準備しました。
ちなみに、内容はおおよそ把握しておりますが、全部読んだわけではありません。
こんな馬鹿でも、お盆シーズンはそれなりに忙しいのです。
さて、本作のあらすじですが、
第96回アカデミー賞2部門受賞!「今世紀最も重要な映画」と評された『関心領域』の原作小説――おのれを「正常」だと信じ続ける強制収容所のナチ司令官、司令官の妻との不倫をもくろむ将校、死体処理の仕事をしながら生き延びるユダヤ人。おぞましい殺戮を前に露わになる人間の狂気、欲望、そして──。諷刺と皮肉を得意とする作家エイミスが描きだす、ホロコーストという「鏡」に映し出された人間の本質。(Amazonより抜粋引用)
ここでひとつ注意。
同じ『関心領域』であっても、原作と映画はほとんど別物。
映画がアウシュビッツの所長一家を定点カメラで盗み見るような、そしてこれといったストーリーもなくただ観客に問いを投げかけてくるようなアプローチであるのに対して、原作小説は主人公(というか語り手)が3人。
連絡将校のトムゼン。
ゾンダーコマンドのシュムル。
この3人が手記(記録)という形でお話を進めていくのですが、3人全員が信用できない語り手であることもポイント。自分自身の手による手記には書き手にとって都合の悪い部分が欠落しており、それを補完するためには他者からの視点が必要となります。あと、小説では明確なストーリーラインと結構長い時代で描かれるのも映画と異なる部分。1942年の8月から終戦の1945年、そこから少しとんで戦後の1948年(ただし48年の部分に関しては記録ではなく現在進行形で語られる)。このあたりも映画とは違う部分。
加えて厄介なのが、三者がそれぞれ”信頼できない語り手”であること。
前述の繰り返しになりますが、それぞれが自分にとって本当に不都合なことを書いていないという。このあたりは、作中のパウル・ドルの傷の話が顕著。
とはいえ、一番理解できない行動をとるのが、パウル・ドルの妻であるハンナ。
夫であるパウル・ドルとの関係は完全に破綻をきたしていながらも、ハンナとの不倫をもくろむトムゼンになびくわけでもなく。敵国(イギリス)のラジオを聞いてドイツの敗北をせせら笑いつつ、かといってなにか決定的なアクションを起こすわけでもない。自身の境遇をあれこれ言う割には、ホロコーストで享受される生活を捨てるわけでもなく……。
当初、「自分が男だからこういう女性の心の機微を理解できないのでは?」などという昨今的なことを考えていたら、ご参加いただいた女性の方から「ハンナが何を考えてんのか分からない」とあった時には、「ですよね!」という共感を覚えました。
えーと、ホントにありがとうございます。
というか、未だにハンナの行動原理が何処にあるのかさっぱりわかりません。
その反面、やけに実感がこもって受け止められた感じがしたのが、なんとパウル・ドル。収容所の所長としてホロコーストに直接かかわっており、その人間性は共感できるものでは決してないのですが……。
部下は役に立たず、上司からはノルマでせっつかれ、同僚のアイヒマンは明らかにおかしい人数の運航計画の稟議を通してくるし、家に帰ればペットの馬はずっと病気、ユダヤ人のメイドは気が利かない、なにより、家に帰れば妻のハンナは自分を激しく罵倒してくる始末。
男性陣は総じて、「大変だよ、中間管理職って」という名状しがたい関心領域に足を踏み入れました。眼鏡堂書店は「そりゃ、飲まなきゃやってられませんよ」というようなことを話した記憶があります。
それと同時に、大変重要だな、と思った議論もありました。(議論、というほどではなかったかもしれませんが)
それは、今現在の価値観で当時の価値観を批判してはいけない、というもの。
なぜ、ユダヤ人の迫害やホロコーストに異を唱えなかったのか?という疑問に対しての答えの一つとして、「当時はその考えが主流であったから」。
ナチスが政権を取って以降、反ユダヤ主義が主流になったのは歴史的事実。
その一方で、第一次世界大戦の敗戦をユダヤ人や共産主義者たちによるもの、いわゆる『背後の一突き』論を信じるドイツ人も多数ありました。
あわせて紀元前からの迫害の歴史をもつユダヤ人側も、自分たちだけで閉鎖的な生活を営む傾向があったことが、さまざまな世論や歴史の流れと悪い意味で合致した結果、歴史的な悲劇を生むことになっていきます。
今こうしてホロコーストを知る我々と、そこに邁進する親衛隊との間には大きな隔たりがあります。そのような愚行を繰り返さないためにも、当時の歴史的状況を踏まえることが重要ではないか?というようなことをみんなで話したところです。
他にも人種研究機関『アーネンエルベ』のトンデモ学説や、作者があとがきで言及したスターリングラード攻防戦の敗北を17か月早めたことの意味などなど、たくさんの話題が出たのですが、結論としては、
「1年くらい経ったあとで、もう一度『関心領域』での読書会をやりたい」
ゾンダーコマンドであるシュムルの悲哀も、掘り下げていきたかった。
とにかく、さっと読めばそれなりに面白い、で終わるのですが、読めば読むほどに沼に入るというか、一筋縄でいかない(難しいという意味ではない)作品でした。
まずは、ご参加いただきました皆様、そして会場をお貸しいただきましたPlayground Cafe BOXの皆様、大変ありがとうございました。
次回、9月の読書会の課題図書は、中島らもの作品から『今夜、すべてのバーで』を課題図書とします。
コロナ禍を契機に、お酒との付き合い方が二極化している昨今。本作を契機に改めてお酒との付き合い方を見直してみるのも一興かもしれません。
あわせて、10月、11月の読書会の課題図書のお知らせです。
10月 地元を舞台にした本&地元について書かれた本
それぞれの地元について書かれた本、郷土史や民話はもちろん、地元を舞台とした小説、地元出身者が書いた本などなど、今回の読書会のテーマに沿ったものならジャンル不問です。自分の地元ドンピシャがない場合は当てはまる地域を広げてもらってOKですが、上限は『山形県』にしようと思います。(県外からのご参加の方はご相談ください)グローカルならぬ”グッド👍ローカル”を目指す読書会です!(大丈夫なのか?この企画は?)
11月は、ひっそりとおこなわれたミステリ四大奇書からの課題図書投票企画で選ばれた、夢野久作『ドグラ・マグラ』です。(総投票数7票で決着しました)
ミステリ四大奇書の筆頭として、読むと発狂する小説として知られています。
なので名前は聞いたことがある人も多いと思いますが、「みんなで狂えば怖くない!」というわけで、皆様のご参加をお待ちしております。
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*1:初かと思ったら、マーサ・ウェルズの『マーダーボット・ダイアリー』がありましたね。そういえば。