眼鏡堂書店

山形県東根市を中心に、一冊の本をみんなで読む課題図書形式の読書会を開催しています。 また、眼鏡堂店主による”もっと読まれてもよい本”をブログにて紹介しています。

【開催しました】『いつか王子駅で』堀江敏幸

3/20に、さくらんぼ東根駅前のコーヒー屋おおもりにて読書会を開催いたしました。

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穏やかな春の陽気と呼ぶにふさわしい日だったのですが、なんとこの日、主催者が急に午前中出勤を命じられるという一大スペクタクル(笑)があったりもしたのですが、大丈夫です、間に合いましたよ(笑)

というわけで、繰り返しになりますが、3/20に、さくらんぼ東根駅前のコーヒー屋おおもりにて読書会を開催いたしました。ご参加頂きました皆様、そして、会場をお貸しいただきましたコーヒー屋おおもりのマスター&ママさん、大変ありがとうございます。

今回の課題図書は、堀江敏幸さんの『いつか王子駅で』。

眼鏡堂書店の読書会のコンセプトとして、”もっと読まれてもいい作品、があるのですが、まさにそのコンセプト通りの主催者激推し案件としてご紹介させていただきました。参加者の方からも、「実によかった」と好評をいただき、心の中でガッツポーズをとったところです。

『いつか王子駅で』は、

背中に昇り龍を背負う印鑑職人の正吉さんと、偶然に知り合った時間給講師の私。大切な人に印鑑を届けるといったきり姿を消した正吉さんと、私が最後に言葉を交わした居酒屋には、土産のカステラの箱が置き忘れたままになっていた……。古書、童話、そして昭和の名馬たち。時のはざまに埋もれた愛すべき光景を回想しながら、路面電車の走る下町の生活を情感込めて描く長編小説。

といった具合で、とりたてて何が起きるでもないごく普通の日常を描いた小説なのですが、このさらっと描かれた作品に込められた技巧のえげつないことといったら……。

一文一文が他の人の作品と比べて長めにもかかわらず、それを感じさせない流れるような文章のテンポが読む側をスッと文章世界に入り込ませてくれます。ちなみに、この導入が参加者の方からは好評で、主催者も課題図書を3回ほど読んだのですがその繰り返しが全く苦になりませんでした。むしろ、何度読んでも面白い。

とにかく、日常のリアリズムや下町の空気感が、読み手が全く体験したことのないものであるにもかかわらず、「わかるわかる」という共感が生まれるというあたりも、この小説の完成度の高さがうかがえます。

作品の舞台の一つとなる居酒屋「かおり」は、昨今よく耳にするサードプレイスそのもの。正吉さんに忘れ物のカステラを届けに来たのに、肝心の正吉さんの苗字が分からない、という作中の人間関係の距離感がとても心地よく感じました。人間関係に必要以上に深入りしなくても成り立つ関係性は、むしろ大人になってからの方が大切になってくるのでは?と思ったところでした。

参加者の方からは、社長の娘の咲ちゃんが出てきてから、作品の空気が変わってさらに良くなった、という感想を頂きました。これは主催者がまったく頭になかったことでした。多分、理由としては咲ちゃんが出る前の『孤独のグルメ』的に私が下町をふらふらしてるところにぐっと来ていたからでしょう。

今回の課題図書を通して、お互いに他作品の紹介などもありました。

正吉さんを待つ(目的のない待つという行為)ことから、サミュエル・ベケットの『ゴドーを待ちながら』、人と人とがすれ違う風景や情景から星野道夫『アラスカとの出会い』、作品の雰囲気からはねじめ正一の『高円寺純情商店街』。この作品が乾物屋の店先という定点観測なのに対して『いつか王子駅』は視点が私を通じて移動する、という解釈で参加者の方と意見を同じくしたところです。

また、本作に影響を与えた作品として清岡卓行『アカシアの大連』四部作から、『朝の悲しみ』を、主催者としてご紹介させていただきました。

また、他の堀江作品として『熊の敷石』『なずな』『雪沼とその周辺』『河岸忘日抄』もご紹介。堀江作品はどれも完成度が高く、読みやすいうえに読みごたえがあるので、今回の読書会が作品をとるきっかけになってもらえれば幸いです。

 

今回の読書会にご参加いただきました皆様、大変ありがとうございました。


次回の課題図書は、ロープシン『蒼ざめた馬』。

4/17(日)の開催を予定しており、開催日の約2週間前に参加者募集のページをアップいたしますので、よろしくお願いします。