眼鏡堂書店

山形県東根市を中心に、一冊の本をみんなで読む課題図書形式の読書会を開催しています。 また、眼鏡堂店主による”もっと読まれてもよい本”をブログにて紹介しています。

【眼鏡堂書店の本棚】道迷い遭難/羽根田治

眼鏡堂書店の蔵書より、独断と偏見に塗れた”もっと読まれてもいい本”を紹介しつつ、全力でニッチな方向へとダッシュする【眼鏡堂書店の本棚】。

今回紹介するのは、羽根田治『道迷い遭難』です。

6月の課題図書にしたものの、参加者が現れず結局読書会は中止に。しかし、「山で遭難した時の事例集でしょ?」と簡単に位置づけられるのは眼鏡堂書店の本意ではありません。内容こそ遭難事例集ですが、それを通して見えてくる”何か”が読み手に対していろいろなことを考えさせます。だからこそ、課題図書に選んだわけで。

ちなみに手に取るきっかけとなったのは、ポッドキャスト『積ん読ざんまい』のマト文庫さま、カジワラ珈琲さまが取り上げていて興味を持ったのが最初。そこから羽根田治さんの一連の著作だけでなく、例えば『八甲田山 死の彷徨』とその関連本など、山岳遭難本の世界に沼ることになりました。余談ですが、眼鏡堂書店の送り付けた怪文書を読んでいただき、その節はありがとうございます。「長いよ」とマト文庫さまに吐き捨てられたのでコンパクトにまとまりのある怪文書を作ろうと思う所存です。押忍。

 

というわけで、『道迷い遭難』です。

本作には7件の道迷い遭難事例が収録されており、聞き書きと検証という形で「どうすれば遭難は防げたか?」が書かれています。遭難者の判断を糾弾するのではなく、なぜその判断に至ったのか?というかたちでフラットな目線から分析しているのが本書の、というよりも羽根田治さんの文章の特徴。

これによってよく遭難注意で挙げられる「冷静な判断を」の”冷静な判断”の土台の部分が非常にクリアな形で浮かび上がってきます。つまりそれはどういうことかというと、当人が冷静に判断したつもりのものは全く冷静ではなかった、ということ。

「道に迷った」となったとき、遭難者たちの判断は「もう少し進めば大丈夫(本道に合流できる)だろう」。端から読んでると「いやいや」となるのですが、この楽観性は冷静さとは似て非なるもの。そのうえ、この道で合っているのか確信がないときに、引き返すことなくさらに進むという判断。『積ん読ざんまい』でも言及されていましたが、「引き返す勇気」が出せるかどうか、その冷静さを保つことができるかどうかが、ある意味での登山者の適正の有無と言える気がします。

登山最中の冷静さを欠いた判断だけでなく、変化する天候への判断の甘さ、慣れた山だから地図をもっていかない、などの登山以前の判断の甘さもちらほら。

それでも本作に収録された遭難事例はすべて生還することができています。ただそれはあくまでも偶然と幸運の産物。その恩恵に救われず悲惨な結果となった事例には事欠きません。

 

なぜ引き返せないのか?について、羽根田さんは楽観主義バイアスという言葉を使って、こう解説しています。

また、もともと人間は楽観的にできており、物事を悲観的ではなく、楽観的にとらえる傾向にある。だから今の状況がよくなるのか悪くなるのかを考えたときも、なるべく自分の都合のいいように考えたがる。この楽観主義バイアスが働き、「ここから引き返したほうがいいな」ではなく、「このまま下っていってもなんとかなるだろう」と思ってしまう。これから直面するであろう危険や責任を、未来に預けてしまうのだ。

この楽観主義を前向きなものと捉えるか、それとも人間の心の弱さと捉えるか?

この箇所が、本作を山岳遭難事例を自分の人生に重ねて考えてしまう、ということにつながるのでしょう。特に人生論において迷いが生じて足が止まったとき「迷っていないで前に進め」「とりあえずやってみる」「当たって砕けろ」などの前向き発言がアドバイスでなされることが多い傾向にあります。それらのアドバイスを、引用した羽根田さんの文章と照らし合わせることで、新たに見えてくるものも。その楽観性は眼鏡堂書店に言わせれば冷静さを著しく欠いた思考停止。それらのアドバイスに従って行動する当人はそれによって人生が破綻するかもしれない一方で、アドバイスをする人間は一切の責任を負いません。そういった図式を含めて、そのアドバイスを受け入れるべきか否かを、ある意味構造の外側から俯瞰することで冷静さが生まれてくるような気がします。それによって導き出された結論こそが、安易なアドバイスに従うよりも重要な人生の経験値になる気がします。

 

最近の傾向は知りませんが、夏休みの読書感想文の課題図書は自分で選べるとか。

だとすれば本書を読んで感想文を書いてみてはいかがでしょうか?眼鏡堂書店のオールタイムベストの一冊。「山岳遭難の本?」と思うでしょうが、それだけではない読み応えのある作品です。山に登らない人ほどぜひ読んでいただきたく思います。

 

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