眼鏡堂書店

山形県東根市を中心に、一冊の本をみんなで読む課題図書形式の読書会を開催しています。 また、眼鏡堂店主による”もっと読まれてもよい本”をブログにて紹介しています。

【開催しました】眼鏡堂書店の読書会『虐殺器官』伊藤計劃

5/24(日)に山形市にあるPlayground Cafe BOXさんにて伊藤計劃『虐殺器官』を課題図書とした読書会を開催しました。

眼鏡堂書店的には過去『ハーモニー』を課題図書とした読書会を開催しています。なので「いつかは『虐殺器官』を」と思っていましたがやっと開催にこぎつけました。

『虐殺器官』のあらすじは、

9・11以降の、“テロとの戦い"は転機を迎えていた。
先進諸国は徹底的な管理体制に移行してテロを一掃したが、後進諸国では内戦や大規模虐殺が急激に増加していた。
米軍大尉クラヴィス・シェパードは、その混乱の陰に常に存在が囁かれる謎の男、ジョン・ポールを追ってチェコへと向かう……
彼の目的とはいったいなにか? 大量殺戮を引き起こす“虐殺の器官"とは?
ゼロ年代最高のフィクション、ついに文庫化。

今回は主催者含め5名での開催となりましたが、1名の初読をのぞき他は再読。

初読の方からは、

・表紙のデザインやタイトルなどから、自分から手に取らないジャンル

・翻訳調の乾いた文章で読みやすい

・(ゴア描写が多々あるが)文章から痛みが感じられなかった

・(自分に重ねられるキャラクターがいないので)登場人物の行動がわからない

などがあげられました。

 

再読勢からは、

・「地獄は頭の中にある」はまるで自分のためにある文章

・J・G・バラードやG・イーガンのような雰囲気

・主人公や文体がかっこいい

・人間とはなにか?という内面について考えさせられた

・クラヴィスと母親の関係からみえる内面的な部分について考えさせられた

などがあがりました。

 

『虐殺器官』の魅力の一つが、現実とのリンク具合。

9.11の同時多発テロ以降、エンタメの世界では正義の描き方が一変した記憶があります。勧善懲悪の二元論が現実の世界では正義対悪ではなく、正義の対角に立つのはまた別の正義。そんななかで、眼鏡堂書店は代表的な作品として『仮面ライダー龍騎』*1を挙げさせていただきました。


www.youtube.com

 

登場人物の中ではウィリアムズが大変人気(笑)

彼の現実的な部分が「まともな人」という印象。そのウィリアムズがねえ……。

紛争地域での虐殺の指導者を「暗殺」することで事態の解決を図る「汚れ仕事」。それをウィリアムズがあくまでも「仕事」と割り切るのに対して、主人公のクラヴィスは罪の意識にさいなまれて心がふらふらと。

彼にとっての罪の意識の中に、母親を看取ったこと、が含まれるのですが、実際に親を看取った経験のある方の中でも少々意見が分かれました。

ともあれ、非常に内面描写の多い作品でありながら、登場人物の中身がないのが対比的で面白い。特に主人公のクラヴィスはこれだけ悩みを抱えているにも関わらず、自分自身というものがない。その空っぽの内面に満たされるのが、最終的に虐殺の文法でありそれを作りだしたジョン・ポールだ、というのが何とも皮肉めいていて、眼鏡堂書店の大好きな部分でもあります。

 

そして、その肝心の「虐殺の文法」なのですが……。

ちょっと何を言っているのかよくわからない(笑)

本作が賞にノミネートされるも受賞に至らなかったのが「虐殺の文法がきちんと描かれていないから」だったのですが、それを書いてしまうのは個人的に野暮に思われます。というかそれを書いてしまうと、逆に現実の世界とリンクさせながら描かれてきたリアリティを伴う少し先の未来世界が、途端に薄っぺらい空想世界に転落してしまうような……。かといってその前段部分もいまいち理解できないのですが。

むしろ、作中で兵士に対して繰り返し行われるカウンセリングこそが虐殺の文法なのでは?という意見も。そういう切り口が眼鏡堂書店にはなかったので新鮮でした。

そんなわかりにくい虐殺の文法なのですが、ジョン・ポールがそれを語る中で出てくる「好きとか嫌いとか最初に言い出したのは誰なんだろうね」というセリフ。一応解説の中でコナミの「ときめきメモリアル」について触れられてはいるものの、具体的には言及されないので眼鏡堂書店がネタばらし。ドがつくほどシリアスな場面でこのネタ元がわかると「お前は急に何を言い出すんだ?」となってくるので『虐殺器官』が2度楽しめます。


www.youtube.com

余談ですが、この流れで行くとアニメ化されたときのキャストは、

クラヴィス:小野坂昌也

ウィリアムズ:うえだゆうじ

ルツィア:金月真美

ジョン・ポール:津野田なるみ

になろうかと思います。(思うな)

 

アニメ化といえば実際に劇場映画化されており、その中でクラヴィスと母親のエピソードはばっさりカットされていたようです。


www.youtube.com

 

そしてなんといっても突き放すようなラストシーン。

虐殺の文法がアメリカに広がり、急速に内乱へと発展していく途中で物語は終わります。この決断をしたクラヴィスの内面がわかりづらく、様々な意見が出ました。

眼鏡堂書店としてはやっと見つけた自分の内面を埋めてくれるもの、がジョン・ポール(虐殺の文法)であり、途上国の犠牲のもとに経済的繁栄を重ねていたアメリカに対してその正当な対価を自国の内乱で払わせる、という罰を与えたのだ、などと解釈してみましたがこれはこれでずいぶん皮肉が過ぎるようにも。

途上国の犠牲のもとでの経済的繁栄、というち眉を顰める向きもあるけど、先進国や覇権国というのはそういうものだから、としか言いようがない。現実の日本も、朝鮮戦争時に武器を生産売却して経済的繁栄を得たからこそ、あのスピードで「もはや戦後ではない」と明言したわけで。

 

さんざん罪の意識にさいなまれる主人公に対して出たのが、そんなに嫌なら軍をやめればいいのに、という意見。これが割と多数派だったのが新鮮でした。結構、国家機密の中心にいる立場で「軍をやめる」ことが自分の意志で行えるとは思えなかったわけで……っていうか、最終的にはわりとあっさりやめれるんですけどね(笑)

やめれんのかよ(笑)と。

 

それはさておき。

現実と空想をリンクさせるにはSFほど適したジャンルはないと思います。

その中で、戦争に向かう(と言われている)現在の世相を予見したような『虐殺器官』。コロナ禍を予見したといわれる『ハーモニー』。これらを生み出しながら若くして亡くなってしまった伊藤計劃は本当に惜しく感じます。メタルギアのノベライズも含めると小説は3作品。残されたプロットを円城塔が書いた『屍者の帝国』を伊藤作品に含めるかは微妙ですが、いずれにせよ高校生くらいからの若い人たちにぜひ読んでもらいたい作品です。

 

ご参加いただきました皆さま、大変ありがとうございました。

 

さて。

次回6月の読書会は日時場所は未定ですが、まずは課題図書から。

読書会では上谷さんの自伝を課題図書に、と言いましたがさすがに主催者の趣味に走りすぎているので変更(笑)

もっともこれはこれで大変に読みがいのある本なのでおすすめです。

 

ということで、6月の読書会の課題図書は羽根田治さんの山岳遭難本から名著と言われる『道迷い遭難』を課題図書とします。

詳細が決まりましたらイベントページをアップしますのでしばしお待ちください。

 

最後に、内容の感想やリクエスト、記事を見て本を読みました、読み返しましたなどありましたらコメント欄に書き込んでいただけるとありがたいです。あと、もし気に入っていただけたなら、読者になっていただいたり、ツイッターのフォローや、#眼鏡堂書店 をつけて記事を拡散してもらえると喜びます。以上、眼鏡堂書店でした。

*1:龍騎は同時多発テロの翌年2002年放送。悪の組織ではなく、それぞれのライダーが己の正義をかけて戦う作品。主人公が最終回前にいなくなるなど非常に革新的な作品です。本作には悪の仮面ライダーが登場したことでも物議をかもしました。