眼鏡堂書店の蔵書より、独断と偏見に塗れた”もっと読まれてもいい本”を紹介しつつ、全力でニッチな方向へとダッシュする【眼鏡堂書店の本棚】。
今回紹介するのは、小説『羆嵐』のモデルとなった三毛別事件のノンフィクション『慟哭の谷 北海道三毛別・史上最悪のヒグマ襲撃事件』です。
眼鏡堂書店の本棚では、以前に吉村昭の『羆嵐』を取り上げていますが、今回は同事件のノンフィクション。
glassesbookstore.hatenablog.jp
ノンフィクションとはいいながら、吉村昭の筆致と比べるとずいぶん煽りが強い印象。
著者が作家でないから文章表現における感情の抑制が効いていないのでは?などとも思いました。もっとも、それは否定的なものではなく、文章表現の素人であるからこそ、ある意味我々と近しい目線であるといえるかと。
既に『羆嵐』で事件のあらましは知っているので、そこは割愛。
個人的に読むべきものとして推したいのは、第二章。
著者の体験した羆との遭遇事例。昨年の感じが「熊」であっただけに、人間が熊と遭遇し捕食される、ということへの知見は大変興味深く読みました。
遭遇と食害事件から得られる教訓の数々は、戦慄すべきもの。
一般的に、人間は食物連鎖の外側にいる、と思っています。しかし、自然の中に足を踏み入れたその瞬間から、たとえ人間であろうと容赦なく食物連鎖の輪の中に組み入れられます。それにより人間が「捕食される存在」になったことの恐怖。これについて知っておくのは熊との遭遇事例がある地域に住まう人間として、必要なことではなかろうかと思いました。
同時に、そういった熊の出没と駆除に関することで必ず出てくるのが「熊を殺すな」「熊がかわいそう」という言葉。
それらへの強烈なアンチテーゼとしての第三章は大変に考えさせられるものがありました。
扱われているのは、動物写真家・星野道夫氏の死。
熊による食害で彼は命を落とすのですが、これは避けられた事故ではなかったのでは?と思います。
「真の野生は、人間を敵視するようなものではなく、心を開いて接すれば恐ろしい動物ではない、アラスカの熊はおとなしい」
動物写真家として自然を活写してきた手腕や才能は認めつつも、認識が大変危険な印象。自然に対して「こうあってほしい」という認知のバイアスが、本来なら避けることができたはずの事件を現実にしてしまったのではないでしょうか?
自然と人間の共存というテーマはよく見聞きするテーマです。
しかしその一方で、その自然というものについて人間の側が都合よく解釈してはいないか?という疑問も生じます。
その疑問に対して、自然の側との間にコミュニケーションをとるすべがないこと、こちらが抱く「守るべきもの」「共存可能なもの」という認識を自然の側が同じように持っているわけではない、という点を示唆するにおいて、イーライ・ロスの『グリーン・インフェルノ』は問題提起の映画だったのだなあ、などと思い出したりもしました。
ゼッタイに違うとは思うのですが。
本書における第三章はそういった疑問に対してより思案を深めるものであるような気がします。野生動物との遭遇事故が増えている昨今、今一度自然と人間との適切な距離感の取り方、そして、改めて人間の側が自然というものに対して畏敬の念を持つきっかけとして、本書を読んでみるのをオススメします。
最後に、内容の感想やリクエスト、記事を見て本を読みました、読み返しましたなどありましたらコメント欄に書き込んでいただけるとありがたいです。あと、もし気に入っていただけたなら、読者になっていただいたり、ツイッターのフォローや、#眼鏡堂書店をつけて記事を拡散してもらえると喜びます。以上、眼鏡堂書店でした。
