眼鏡堂書店

山形県東根市を中心に、一冊の本をみんなで読む課題図書形式の読書会を開催しています。 また、眼鏡堂店主による”もっと読まれてもよい本”をブログにて紹介しています。

【眼鏡堂書店の本棚】HHhH プラハ、1942年/ローラン・ビネ

眼鏡堂書店の蔵書より、独断と偏見に塗れた”もっと読まれてもいい本”を紹介しつつ、全力でニッチな方向へとダッシュする【眼鏡堂書店の本棚】。

今回紹介するのは、フランスの作家ローラン・ビネによる歴史小説『HHhH プラハ、1942年』です。

さて、さっそくあらすじですが、

ナチによるユダヤ人大量虐殺の首謀者ハイドリヒ暗殺計画は、二人の青年によってプラハで決行された。それに続くナチの報復、青年たちの運命。ハイドリヒとは何者だったのか? ナチとはいったい何だったのか? 史実を題材に小説を書くことに全力で挑みながら、著者は小説を書くことの本質を自らに、読者に問いかける。小説とは何か……? 2014年本屋大賞・翻訳小説部門第1位。(創元社HPより引用)

このあらすじ、実は非常に重要なことが書いてあります。

それは、ハイドリヒ暗殺計画が本作の主ではなく、むしろ”史実を題材に小説を書くことに全力で挑みながら、著者は小説を書くことの本質を自らに、読者に問いかける。小説とは何か……?”が本作の主です。

初読のとき、それをまったく考慮せず読み進め、ちょいちょい出てくる作者のメタ的な文章なり感情なりをものすごく邪魔に感じて挫折した経験があります。

なので、本作はあくまでも”小説家であるローラン・ビネがハイドリヒ暗殺計画という歴史的事実を「作家として」どのように描くのか?について書かれた小説”です。

というか、そんなのあらすじじゃわからないよ!

ハードルを上げるわけではないのですが、歴史小説という枠組みからは少々外れた作品。改めて振り返ると、手触り的には『さようなら、ギャングたち』あたりの高橋源一郎の作風に近しいものを感じます。「小説家が小説を書くとはどういうことか?」というメタ的な視点において。

なので、読書メーター等々での低評価は「歴史小説だと思って読んだら、やたらと作者が出てきて鬱陶しい」という理由からだと思われ。本作の主役はあくまでも作者であって、ハイドリヒ暗殺計画にかかわるたくさんの人々やそれについての歴史的事実の方ではない、ということは頭に入れておいた方がよいと思います。

以前に読んで挫折しているのですが、その際に読みたかったのはハイドリヒ暗殺とその後の凄惨な報復について。なので挿入される「作者はどのようにしてこの作品を作り上げたのか?」というメタ的な部分は邪魔でしかなく、それゆえに挫折してしまいました。

しかし、今回に関してはかつて読みたかった部分がしっかりと自分の頭の中で関連する無数の人名とともに整理されて脳内リソースにかなり余裕があったこともあり、逆にこの作者のメタ的な部分を興味深く読みました。

その点に関して言えば、本作の中心になっているホロコーストの記憶や記録がわりと克明に残っていることもあり、記録や記憶を正確に反映させながらいかにして創作を形作るか?という作者の姿勢や苦悩が見えてきます。

ある意味合いにおいて、現実や歴史的事実に基づいて創作を行おうとする人が読んでおくべき作品のように思います。創作論などはたくさんありますが、現在進行形でどのように物語を創作しているのか?というものにお目にかかったことがありません。もちろん、その現在進行形には失敗も多分に含まれており、それへの反省も書かれているという点でも、個人的なオススメといえます。

 

本作に関連するものとして、先行の映画作品『暁の七人』がたびたび言及されます。

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その比較もなかなか興味深いものでした。

何を描いて何を描かないか?歴史的事実は動かせないとしても、その事実だけを記述した記録と創作は何が違うのか?

単純なハイドリヒ暗殺に連なる物語というだけでなく、小説とは何か?歴史的事実に基づく物語を編むとはどういうことか?というメタ的な側面を強く見せる作品でした。

ただ、その部分が賛否両論分かれるところ。

『暁の七人』的なアクション作品かと思うとときどき文学論や創作論が挟み込まれるので、かつての眼鏡堂書店のように「それはいいから、アクションパートを読ませてくれよ!」という作者の提示したいものと読者の受容したいものとの齟齬が賛否の原因のような気がします。本作のあらすじや帯のタタキ文句を読んだところで、そういう作品だとは全く思わないもの!

 

ハイドリヒ暗殺後の苛烈な報復とホロコースト。そしてそれを書き連ねることの苦悩。なぜ自分はこの物語を編まねばならないのか?と同時に、作者であるがゆえにこの物語の幕を自分自身の手で引かなければならない。

相反する二つの柱が生み出す不思議な余韻の作品でした。

 

人に勧めるのはなかなかに難しいーー勧めにくいというよりも、どう勧めるかのアプローチが難しい作品なのは確かです。しかし、そういう”たくらみ”が2014年本屋大賞・翻訳小説部門第1位という結果につながっているような気もします。

大変面白い読書体験でした。

 

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