眼鏡堂書店

山形県東根市を中心に、一冊の本をみんなで読む課題図書形式の読書会を開催しています。 また、眼鏡堂店主による”もっと読まれてもよい本”をブログにて紹介しています。

【眼鏡堂書店の本棚】肉は美し/アグスティナ・バスデリカ

眼鏡堂書店の蔵書より、独断と偏見に塗れた”もっと読まれてもいい本”を紹介しつつ、全力でニッチな方向へとダッシュする【眼鏡堂書店の本棚】。

今回紹介するのは、アルゼンチンの作家アグスティナ・バスデリカによるディストピアホラー小説『肉は美し』です。ちなみに”美し”の部分は”うまし”と読みます。

アルゼンチンの作家というと普通の人は「誰も知らない」でしょうが、多少海外文学を読む人であればホルヘ・ルイス・ボルヘスが思い浮かぶでしょう。まあ、本作はそんなボルヘスみは全くありませんが。

あとこれは蛇足なのですが、作者の出身国をちゃんと書いてほしいと思いました。ブエノスアイレス出身、と書かれてもあまりピンとこず、ちょっと考えて「そういえばブエノスアイレスってアルゼンチンの首都だったな」という始末。さらにスパニッシュホラーという帯の売り文句もアルゼンチンの公用語スペイン語だから。そういうところを編集者なり版元はしっかりしてほしいと思いました。

それはさておき。

 

作品のあらすじは、

動物感染症パンデミックにより畜肉が食べられなくなり、かつてない食糧危機が人類を襲った近未来の世界。たんぱく源を求め続けた人々の間で、移民・貧民を狙った人肉の闇取引が横行。食肉需要を満たそうとする企業の圧力に政府が屈し、ヒトの飼育・繁殖・屠畜・加工が合法化された。この出来事は〈移行〉と呼ばれ、家畜化されたヒトは〈頭〉、それを加工して作られた人肉は〈特級肉〉と言い換えられた。「クレイグ食肉処理工場」の重役マルコスは、〈頭〉を解体し、〈特級肉〉として出荷する日々を送っていた。ある時、一頭の家庭飼育用の最高級の〈頭〉のメスをなりゆきで譲り受けるが、非合法とされる「人間扱い」をはじめてしまい……。
世界中で話題沸騰〈スパニッシュ・ホラー文芸〉超問題作!

読了して「これはなかなかによくできた小説だなあ」という具合にいい意味で腑に落ちた良い作品でした。

コロナ禍による未曾有のパンデミックを(現在進行形で)経験している我々にとって「パンデミックによって社会構造が大幅に変質する」ということは現実的なものとしてとらえられています。ことこれがフィクションの世界における想像力に、どのような影響をもたらしたのか?またそれによってどのような作品が産み落とされていくのか?そのような例の一つとしての本作。

「動物感染症パンデミックにより畜肉が食べられなくなった世界」、という一見荒唐無稽ながらもあり得るかもしれないというリアリティのラインの引き方は大変興味深く読みました。その畜肉の代替として登場するのがいわゆる人肉食。

これまでのフィクション作品における人肉食といえば、例えば『食人族』に代表されるような”野蛮”の象徴であったり、『ホステル』や『ホステル2』におけるエクストリーム表現の象徴、あるいは『野火』などのようなやむにやまれぬ状況下での生存行為の一つとして登場してきましたが、本作ではそれが極めて自然な日常の延長線上の行為として登場します。

これはあとがきに書かれていたことですが、アルゼンチンは世界でも有数の食肉(特に牛肉)の消費国。それゆえに「パンデミックで食肉の供給が止まったら、何を動物蛋白源とするか?」という着想に至ったのは自然なことなのかもしれません。

仮に日本人が同じような発想を抱いたとして「パンデミックで魚介類が食べられなくなったから、人肉で寿司を作ろう!」という風にはならないような気がします。……逆に寿司が人間を襲ってくる映画はあった気がしますが。

それはさておき。

 

読んでみての印象としては、帯のタタキ文句にあるホラーみは薄め。むしろ恐怖をあおるような印象は全くなく、終始淡々と物語は進行します。さらに付け加えると、人間が人間を解体するという場面に関しても、これまで屠畜してきた対象をそのまま「人間」に置き換えただけでこうも印象が変わるのか、という驚きがありました。併せて、このベルトコンベア化された死の道程に、アウシュヴィッツに代表される絶滅収容所の光景を垣間見ました。

前段で書いたことですが、この人肉食とその屠畜が極めて自然な日常生活の中にあるからこそ、改めて「自分が食べているこの肉は、知らない誰かが命を奪ってくれたからこうして食べることができるのだ」ということを考えさせられました。

パンデミック以前の人肉食映画というと個人的にはブランドン・クローネンバーグの『アンチバイラル』が思い出されます。

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この作品での人肉食はあくまでも嗜好品として登場しますが、『肉は美し』では日常生活の中にある存在として描かれます。これもまた繰り返しとなりますが、その畜産における品種改良等々が動物から人間に置き換わっただけで立ち上がってくる一種のおぞましさがある意味でホラーみといえるかもしれません。

最終的に、主人公はその「頭」を人間扱いするということで一線を越えてしまうのですが、その越えた一線がどのように物語として帰結するのか?それは読んでみてのお楽しみです。

人間と「頭」。全く同じものであるにもかかわらず、その二つを明確に隔てるものはなんなのか?作品自体はエンターテイメントよりですが、眼鏡堂書店が感じた哲学的な問いの部分は大変興味深くありました。それだけに、借金で首の回らなくなった人間を仮の標的として仕留め、料理して食べる、というくだりはない方がよかったような気もします。あそこはちょっと作者が無理に露悪趣味をさらけ出しているようで若干がっかりしました。ただひたすらに食肉工場内の中だけで物語が展開していた方が、(眼鏡堂書店が感じ取った)本作の本題にはフィットしていたような気がします。

それでも十分すぎるほど面白かったのですが。

2025年に読んだ本の中でも、印象と興味深さという点ではかなり上位。題材が題材なだけに万人向けではないかもしれませんが、おすすめしたい1冊です。

 

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