1/26(日)に山形市のPlayground Cafe BOXさんにて、新田次郎の『八甲田山 死の彷徨』の読書会を開催いたしました。おりしも当日は山形県知事選の投票日。ご多用の方も多く、主催者含め2名での開催となりました。

映画グッズやパンフレットを備えたPlayground Cafe BOXさんからは、映画『八甲田山』のパンフレットをお貸しいただきました。大変ありがとうございます!

さて。
今回の課題図書は映画が大変有名。併せて近代登山史上最大の遭難事故である八甲田山雪中遭難事故を題材とした小説。
今回この作品を課題図書にしようと思ったきっかけは、よく聞いているポッドキャスト『積ん読ざんまい』さんがきっかけ。羽根田治さんの山岳遭難ドキュメントを読んだところで、眼鏡堂書店に雪山遭難ブームが到来!
今回の課題図書とともに羽根田治さんの遭難ドキュメント本、新田次郎の『聖職の碑』、そしてドニー・アイガーの『死に山』などなど、幾多の山で(脳内)遭難を踏破してまいりました。
そんなわけで、今回の『八甲田山』です。
これは眼鏡堂書店が初読の際、恐怖で震え上がった一冊。
それは参加者の方もおおむね一緒で、むしろ「これを暖かい部屋でぬくぬくと読んでいていいのだろうか?」と。
ホラー小説や、この読書会で取り上げた『関心領域』とは別の大変恐ろしい作品。
個人的には遭難三日目、救援が来た!と喜ぶ兵隊たちを見て「一体どこに救援隊が?」と猛吹雪のなか目を凝らす神田大尉と倉田大尉。兵士たちが救援隊と思ったそれは遠く向こうで吹雪に揺れる木。寒さのあまり兵士たちが集団幻覚を見ている!慌てた神田大尉が彼らを正気に戻すべく喇叭卒にラッパを吹かせるのですが(喇叭卒も体力の限界で薄気味悪い低音が途切れ途切れに鳴っただけ)、それによって正気に戻った兵士たちがへたり込み、そこで緊張の糸が切れてしまい、低体温症で次々に発狂するシーンは地獄絵図です。
あと、遭難四日目。点呼も呼集もなく、立ち上がった彼らがまるで夢遊病者のようにふらふらと歩いていく場面は、ただただ恐ろしい。
そういう恐ろしい場面と、遭難により199名の死者を出した青森隊・八甲田山ろくを踏破した弘前隊それぞれのリーダーシップのあり方が強調されるきらいもあり、そこが個人的にこれまでどこか敬遠していた部分。
とはいえ、あくまでも本作は小説なので、事実とどのような相違があるのか?について二人とも伊藤薫さんの『八甲田山消された真実』を併読していたのはなかなか面白かったです。ちなみに『八甲田山』を読むのなら、これも併読するとより一層学びが深まるというか、いろいろ考えさせられます。
これは再読するとわかる感覚なのですが、とにかく計画がユルい。それは遭難した青森隊だけでなく、弘前隊と八甲田山中ですれ違うようにしよう、という全体計画に漂うユルさ。それが実際の行動計画として実施されることの恐ろしさ。ゴール地点ともいえる田代新湯に210人いて誰も行ったことがない&どういう場所か知らない、という無知っぷり。
その一方で、よく取りざたされる服装の不備。これに関しては、確かに粗末な装備だとは思いますが、120年前の装備であることを考慮しなければ。現代のような装備があるわけではないので。とはいえ、ひどいことはひどいのですが。
加えて、読んだ人はわかる山田少佐のダメさ加減。
本部随行なので、彼は本来ならば審判員として判定する立場にもかかわらず、勝手に判断して命令を出しまくる。結果、これがさらなる混乱を招き、よりひどい遭難状態へ。
というか、神田大尉が「案内人をつける」と計画で示したにも関わらず案内人を追い返し、天候の急変で帰還しようというのを退け、あまりの猛吹雪だから露営すると「寒いから帰る」と夜中の2時に帰還命令を出し、帰還しようとしたところ佐藤特務曹長が言った「夏に田代行ったことあります。たぶんこっち行くと田代の近道です」に安易に乗っかり、完全に遭難状態に。
挙句の果てに、この少佐、肝心な時にいつも寒さで人事不詳になっているので全く役に立たない。その少佐を介抱するのに次々兵士が倒れていく始末。
読み手のヘイトをガンガンに高めてくれるナイスなキャラクターです。

一方、ほぼ全滅に近い有様の青森隊に対して、ひとりの犠牲者も出さなかった弘前隊。このリーダーシップを称賛するところもあるのですが、ちょっと待て、と。
八甲田山中踏破の際、7名の案内人のうち数人を人質に取り案内人たちに斥候をさせる、結果的に廃人・重度の障害を負った案内人たちについての軍の保証を握りつぶすなど、徳島大尉の人でなしっぷりがヤバいです。
たぶん映画では描かれず、強力な高倉健フィルターをまざまざと感じます。
そしてここからが、今回の読書会のハイライト。
そう。
”眼鏡堂書店の読書会は神田大尉を救いたい‼”
結果的に、自身のリーダーシップをはっきり主張しなかった(できなかった)ために、悲惨な事故を引き起こしてしまった神田大尉。死してもなお、読者のヘイトを一心に集める山田少佐(史実では山口少佐)の横に葬られるなど、不遇な彼をどうにかして救いたい!
ここから先が、今回の読書会のキモであり、最も盛り上がった部分でもあります。
眼鏡堂書店の読書会は、神田大尉を救えるのか?
1 加山雄三を取り除いてみよう
撤退か続行かの判断の際、「気合と根性があれば大丈夫っしょ!」と横やりを入れてきたのが加山雄三演じる倉田大尉。こいつを取り除けば、続行という危険な判断は避けられるのでは?ならば、出発前日の宴会にコイツを呼ばないことに全力を挙げてみよう。*1ただ、こいつがいなくなったくらいで山田少佐がやめるわけもないと思われ、これでは神田大尉を救えない。
2 ありきたりだが神田大尉にもっと強く出てもらう
前述同様、天候急変での撤退・続行の判断の際、「隊長は私です!ここは撤退すべきです!責任は私がすべて取ります!」くらいな感じで強く出れば、山田少佐も折れるしかないだろうと予想。こうして撤退し、全員無事に帰営!でも、連隊長が「お前ら明日もう一回行ってこい」というに決まってる。そうなると、再び天候が悪化しても判断は続行一択。だめだ、また八甲田山で死ぬ。
3 そもそもの前提がおかしいのだから、連隊長が頑張れ
今回の行軍に関して、大前提は「ロシア艦隊からの艦砲射撃で鉄道が寸断された場合、貨物の輸送を人力のソリで代替可能か?」というもの。
素人が考えても無理ゲーなので、ここは津村連隊長が「無理に決まってんだろうがボケ。ロシアの極東艦隊が近づけねえように、オホーツクに機雷撒いとけ!」と頑張ってもらうことにする。これにより、やりたくて雪山に挑んだ弘前隊とは違い、青森隊はもっと安全な雪山訓練が行えるはず。これは助かるぞ!と思ったが、この2年後が日露戦争。訓練不足により、極寒の戦場で八甲田山が発生することになり、より悲惨な結末に。
4 もう雪山に行くな
遭難のスペシャリストである羽根田治さんの金言「雪山で遭難しないためには、雪山に行かなければいい」。この言葉にのっとり、そもそも行かない、という選択肢を採用。
なお、結果は3と同様。
5 逆に考えるんだ。成功した、と。
例の爆弾低気圧が来なかった、ということにする。(強引)
『八甲田山消された真実』の著者である伊藤薫さんは元自衛官。八甲田雪中行軍も経験しており、天気さえよければさほど困難なルートではない、とのこと。
ならば、青森・弘前両隊ともに八甲田山踏破に成功。WinWinで終わったという違った解釈を考えてみた。
これはいけるかもしれない!と思ったのもつかの間、「あの装備で八甲田山行けたんだから、もうちょっとペラい装備でも大丈夫だろ?」って絶対上層部は判断するぞ。
その結果、寒冷地装備の準備不足で203高地、旅順、奉天とロシアに対して3タテをくらい、日露戦争で敗北(なお、日本海海戦は海軍の奮闘により勝利する模様)。
一番駄目じゃねえか。
結論:無理
それにさ、生き残った人たちが何人かいたけど、結局その経験は日露戦争で全く生かされず。相変わらず第5連隊(青森隊)はおにぎりをカチカチに凍らせてる始末。
本作の終わりで「彼らの犠牲によって軍の冬季装備が大幅に改善されるぞ」とあったにもかかわらず、現実には防寒着が前線になかなか届かないという始末。
せめて何か改善されるものはなかったのだろうか?
雪中行軍前年の寒地訓練でソリを雪でスタックさせてるにもかかわらず、今回も同じようにスタックさせるなど、失敗への改善が全くなされておらず、そりゃ199人死ぬよ。
この組織の不条理に、自身の立場を投影してしまうからこそ、本作は映画とともに読み継がれていくのではなかろうか?と感じました。
少人数での開催ということもあり、自由度の高い読書会になった気がします。
あと、繰り返しになりますが会場でお貸しいただきました『八甲田山』の映画パンフレット。大変活用させていただきました。ありがとうございます。
さて、次回2月の課題図書ですが、ハリウッドが誇る名物映画プロデューサー、ロジャー・コーマンの自伝『私はいかにハリウッドで100本の映画をつくり、しかも10セントも損をしなかったか』です。詳細は決定次第、お知らせしますので、少々待ちください。
最後に、内容の感想やリクエスト、記事を見て本を読みました、読み返しましたなどありましたらコメント欄に書き込んでいただけるとありがたいです。あと、もし気に入っていただけたなら、読者になっていただいたり、ツイッターのフォローや、#眼鏡堂書店をつけて記事を拡散してもらえると喜びます。以上、眼鏡堂書店でした。
*1:作中では、前日の宴会で山田少佐に「君も明日の行軍に参加したまえ」と誘われ無理やり参加させられる倉田大尉。ある意味可哀想ともいえるが、その割に毛糸の手袋にゴム長靴という防寒対策ばっちりで参加してくるあたり、抜け目のない男である。なお、この遭難事故では五体満足で生存した。


