眼鏡堂書店

山形県東根市を中心に、一冊の本をみんなで読む課題図書形式の読書会を開催しています。 また、眼鏡堂店主による”もっと読まれてもよい本”をブログにて紹介しています。

【眼鏡堂書店の本棚】『モールス』ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト

眼鏡堂書店の蔵書より、独断と偏見に塗れた”もっと読まれてもいい本”を紹介しつつ、全力でニッチな方向へとダッシュする【眼鏡堂書店の本棚】。

今回紹介するのは、”スウェーデンスティーブン・キング”の異名をとる新星、ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィストによる切なさ全開のヴァンパイア・ホラー小説『モールス』です。

モールス/ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト

本作は早川書房より文庫本上下巻で発行されており、眼鏡堂書店がリスペクトしてやまない『文学ラジオ 空飛び猫たち』さんに倣って上巻下巻の2回編成で紹介しようとも思いましたが、いざ読んでみるとこれはまとめて一気に紹介した方がいいだろうということで上下まとめてということで。

著者のヨン・アイヴィデ・リンドクヴィストは、1968年スウェーデンストックホルム郊外の都市ブラッケベリ生まれ。ちなみに、ブラッケベリは『モールス』の舞台でもあります。彼の前歴が非常に面白く、スタンダップ・コメディアン、マジシャン、シナリオライターを経て、本作『モールス』でデビュー。これで世界的に知られるようになりました。この作品は2度にわたって映画化され、2008年に『ぼくのエリ 200歳の少女』、2010年にはそのハリウッドリメイク版である『モールス』が公開されました。

これらの原作として、本作を知った人も多いかと思います。

 

さて。

 

そんな『モールス』のあらすじは、

母親と二人暮らしのオスカルは、学校では同級生からいじめられ、親しい友達もいない12歳の孤独な少年。ある日、隣のエリという名の美しい少女が引っ越してきて、二人は次第に友情を育んでいく。が、彼女には奇妙なところがあった。部屋に閉じこもって学校にも通わず、日が落ちるまではけっして外に出ようとしないのだ。やがて、彼女の周辺で恐るべき事件が…スウェーデンでベストセラーを記録したヴァンパイア・ホラー。(上巻)

エリが越してきてほどなく、体内の血を抜き取られた少年の死体が発見され、郊外の静かな町は騒然とする。その異常な手口から、警察は儀式殺人の線で捜査を開始。やがて一人の不審な男が容疑者として浮かびあがる。一方、オスカルはエリから彼女の出自にまつわる恐るべき秘密を打ち明けられていた…「これほど美しくも哀しいヴァンパイア・ホラーはかつてなかった」と絶賛を浴びた、恐るべき北欧エンターテインメント。(下巻)

(ともにAmazonより引用)

『ぼくのエリ』は大変な傑作で、ホラー映画とは思えないほど炸裂するせつなさから地元のレンタル屋ではホラーではなく恋愛映画のコーナーに置いてあるほど。

余談ですが、個人的にも思い入れの強い作品で、初めて読書会に参加した際にもっていったのが、この作品だったりします。

 

物語の舞台となるのは、80年代のスウェーデン。首都ストックホルム郊外の新興都市であるブラッケベリ。

その前に。

スウェーデンというと、やはり代名詞的に思い浮かぶのは先進的な福祉国家というイメージ。高税率で高福祉、そのため先進的なモデルケースとして引き合いに出されることも多い幸福度の高い国。

ですが、本作にはそんなイメージは皆無。むしろ、発展途上国のような薄暗く、暗鬱で、傾いたような緩やかな治安の悪い街の姿がまざまざと描かれます。

本作の主人公オスカー(※作中ではオスカルと表記されていますが、それだとベルばらしか連想できなくなるので、便宜的に映画版と同じくオスカーと表記しています)は、シングルマザーの母親と二人暮らしで、学校では友達もおらず、いじめられています。

そんなオスカー君はたびたび万引きをするのですが、これが映画版ではバッサリとカット。当初は友達がいないことやいじめによる精神的不安定によるものなのかと思ったのですが、あまりにたびたびこういうシーンが登場するので、「こりゃいったいどういうことなんだ?」と調べてみました。

ネット情報なので真偽のほどは定かではありませんが、スウェーデンの犯罪傾向の大半が窃盗。どうやら結構な国民的病といってよい模様。

実際、作中ではいい大人も手慣れた様子で万引きするシーンが描かれます。

その理由も、

盗むのは気がひけたが、金がない。だが、ヴィルギニアに何かあげたかったのだ。

さすがに、大人の倫理観がコレっていうのはだいぶヤバい。

また、スウェーデンは積極的な移民受け入れ政策を行っているのですが、それに対しても負の側面がありありと現れています。特にアジア人やアラブ人、中東系への差別や偏見も非常に強く(表立って現れていないのが、余計に根深い)現れていて、それにより、移民とスウェーデン人との間には深い貧富の差があります。さらに言えば、福祉国家のモデルケースのようなスウェーデンですが、高い自殺率、アルコール依存症が問題となっていて、それを原因とした離婚率の高さも社会問題化しています。

オスカー君の両親の離婚原因もお父さんのアルコール問題。

そんな、息が詰まるようなスウェーデンのブラッケベリ。そこでひかれあうオスカーとエリとの孤独な二つの魂の物語が本作です。

『ぼくのエリ』は、巨匠ギレルモ・デル・トロに「繊細、恐怖、詩的――必見の映画。戦慄の童話」と評されました。実際、原作も各登場人物の視点がザッピングしていくなど、非常に映画的で映像的。もちろん、ただ映画の原作であるということに加えて、登場人物の内面描写が深く描かれていて、なかでもエリの父親にあたるホーカンの内面や、死に向かうヴィルギニアの心情などが細やかに描かれていて、映画では知りえなかったことがわかって興味深かったです。

というか、実際この原作を読んでみて、映画の方はかなりコンパクトにカットされていたのだなあと思いました。

ヴァンパイアもの、としては特に真新しいところもないのですが、繊細な心理描写とひりつくようなたまらない切なさとが相まって、ラストにエリと共に絶対に踏み入れてはならない道へと歩んでいくオスカー君が幸せそうなことが、余計に悲劇的な切なさを感じさせます。

ひかれあう孤独な魂たちの物語は、オスカー君とエリだけでなく、本作に登場するほぼすべてのキャラクターに当てはまるのも、物語に没入させてくれる要因でした。まるでヤマアラシのジレンマのように不器用な人たちが、表向きは友人のように親しくしている、でもその皮を一枚めくれば……。それが福祉国家スウェーデンで展開されるが、この作品の陰を際立たせているような気がしました。

 

孤独に寄り添う、というのは言葉にするのは簡単なことです。

でも、安易な寄り添いは相手を傷つけることに他なりません。肉体的な傷は時がたてば消えてしまいますが、心の傷はいつまでも癒えることがありません。作中「……この二百年、ふつうの友達なんか持ったことがなかったから」とオスカー君に言うエリですが、逆に考えれば、二百年の長い間、永遠に生きることを宿命づけられた彼女は何人もの”友達”に同じことを言ってきたのでしょう。そして、その魂の孤独はかつてオスカー君と同じようにしてエリとの愛をはぐくんだであろうホーカンにも言えることで……。

 

特にこのくだり。

「オスカル、(※私のこと)好き?

「うん、とっても」

「もし、(※私が普通の)女の子じゃないってわかっても…それでもまだ好き?」

「どういう意味?」

「いまいったとおり。(※私が普通の)女の子じゃなかったとしても、まだ好き?」

「うん…たぶん」

※括弧内は、『ぼくのエリ』に準拠する形での眼鏡堂書店による補足。

永遠にずっと12歳のまま。でも自分に獲物を持ってきてくれる人間は、年老いて死んでいく。それをエリはこれまでずっとずっと繰り返してきました。

永遠にさまよい続ける12歳。

「違うよ。まだ十二歳。でも、ずいぶん長いこと十二歳のままだから…」

そんなエリと同じ道を進むことを決意したオスカーのセリフ。

離れなきゃならない。母さんや、父さん、学校、ヨンニ、トーマス…。

そして、エリと一緒に過ごすんだ。永遠に。

ひかれあった孤独な二つの魂が進む道の先にあるのは、終わりなき地獄。

それでも…。

 

ほぼ再読といってよい状態でしたが、ヴァンパイアホラーという一種キワモノに見せながら、心を深く締め付けられるような作品でした。

 

最後に余談。

オスカー君からすると、エリは初恋の相手で、ファーストキスの相手で、なおかつ裸で抱き合ったりもするのですが、エリは本作においてヒロイン(仮)なので、オスカー君が新しい性癖に目覚めてしまいそう(笑)なので、腐女子のみなさまは必読です。

作中には彼の葛藤がこのようにつづられています。

エリがヴァンパイアでもそれは何とか受け入れられる。でも、男の子だと認めるのは…もっとむずかしいかも。

いやいや(笑)そっちかよ(笑)


www.youtube.com

映画の予告を貼っておきますが、まあ、オスカー君もエリもキレイなこと。

腐女子のみなさまも、きっと薄い本を作りたくなったかと思います。

多少、登場人物が多すぎるというか、北欧の人名ならではのわかりにくさがあるので、「誰だっけ?」と確認しながら読むこともあろうかと思いますが、非常に優れたエンタメ作品だと思いますので、ぜひ読んでいただけると幸いです。

 

最後に、内容の感想やリクエスト、記事を見て本を読みました、読み返しましたなどありましたらコメント欄に書き込んでいただけるとありがたいです。あと、もし気に入っていただけたなら、読者になっていただいたり、ツイッターのフォローや拡散してもらえると喜びます。以上、眼鏡堂書店でした。