眼鏡堂書店

山形県東根市を中心に、一冊の本をみんなで読む課題図書形式の読書会を開催しています。 また、眼鏡堂店主による”もっと読まれてもよい本”をブログにて紹介しています。

【眼鏡堂書店の本棚】『抱擁』日野啓三

みなさん、こんにちは。眼鏡堂書店です。

この眼鏡堂書店では山形県東根市を中心に月に1回、1冊の本を読む読書会を開催しているのですが、先月迎えた1周年を機に、読書会のやり方そのものにいろいろとテコ入れをしている最中です。特により多くの人に読書会に参加していただきたいと考え、課題図書形式から自由に持ち寄る形式へとチェンジしていきます。

リニューアルしての読書会は来年から、と考えておりますのでしばらくお待ちください。

 

さて。

 

眼鏡堂書店の選書のモットーとして、「もっと読まれてもよい本」というものがあります。そんなわけで、読書会とは違ったベクトルで皆様に知っていただきたい本を、眼鏡堂書店が所蔵するなかからご紹介していきたいと思います。

今回ご紹介する作品は、日野啓三の『抱擁』です。

抱擁/日野啓三

作者の日野啓三は、1929年東京生まれ。ベトナム戦争を題材にした作品や、現代都市における幻想を描く都市小説といわれる作品などで知られています。1971年に『還れぬ旅』でデビュー。文学者の世代としては、古井由吉などに代表される「内向の世代」のひとりです。

眼鏡堂書店がこの作家に興味を持ったのは、彼がアンビエント・ミュージックの愛聴者で、なかでもブライアン・イーノを好んでいたこと。そして、『伝説巨神イデオン』や『装甲騎兵ボトムズ』への本格的批評を行っていたことがきっかけです。

なお、息子の日野鋭之介はプロモデラー原型師として活躍されているとのこと。

 

そして、本作『抱擁』について。

眼鏡堂書店で所蔵している単行本は集英社刊82年10月30日で第6刷。同年の2月10日に1刷が発行されていることを考えると、なかなかの売れ具合だったことがうかがえます。

『抱擁』は全4章で構成されており、あらすじは、

妖しい洋館が舞台のロマネスクな人間模様

大都会・東京の真ん中に静かに佇む洋館に心惹かれた「私」は、得体の知れない不動産屋に誘われるままにその館を訪ねることになる。

そこには幻想的な少女・霧子や近寄りがたい老主が住んでいた。身を固く包んで口さえ開こうとしない霧子に、私の興味は膨らんでいく。

主である霧子の祖父の依頼で、彼女の家庭教師として洋館に同居することになる私……。そこで、この一家の住人たちは数奇な運命に翻弄され始めるのだった。

「ある夕陽」で芥川賞を受賞した日野啓三が幻想的作風で新境地を開き、泉鏡花賞に輝いたロマネスク小説の傑作。(Amazonより引用)

ずいぶん前から積ん読にしてたのですが、最初10ページくらい話が全くと言っていいほど動かず、「さすがの泉鏡花賞でもハズレがあるのか?」と危惧したのですが20ページを超えたあたりから急激に展開していき、奇妙に引き込まれる何かにすっかり翻弄された読書になりました。

主人公の牧も、眼鏡堂書店同様に、これ以上の深入りは危険だ、と分かっているにもかかわらず、言い知れない何かに招かれるように、その洋館に暮らす人々の中に足を踏み入れていく。今風に言えば「沼る」といったところでしょうか?

聖と俗、現と虚ろとが奇妙に交錯するストーリーは、幻想文学と言われて(悪い意味で)イメージされる曖昧模糊としたものは皆無。とにかくすべてがきちんとしたアウトラインの下で構築されています。にも拘わらず、息苦しくなるような閉鎖性や、奇妙な浮遊感というか夢見心地な感覚などにあふれています。

中でも、一種巫女的な”何か”をもつ霧子の存在が、良くも悪くも牧をより深みに引き込んでいき……。

正直、「内向の世代」の作家、それも純文学作品ということで、途中惰性に任せて読み飛ばす個所が出てくるのかもしれないと思いましたが、(先入観がなかったからなのかもしれませんが)全く先が予測できない、深い霧の中を歩いているようなストーリーに読み飛ばすことなく読了に至りました。

ラストでタイトルの「抱擁」が何を意味するのか明らかになるのですが、それを経ての読後感は結構な重みがあります。果たしてこれは牧と霧子にとって救いか否か、その先にあるものについては読者の考えにゆだねられます。

登場人物も少なく、とにかく閉鎖的な中で話が進むのですが、とにかく以上にはっきりしたイメージのもとで進行する幻想文学、という一見すると相反するようなものが全く矛盾なく構築されていて、大変読みやすく、そして眼鏡堂書店としてもお気に入りの1冊になりました。

眼鏡堂書店で所蔵している単行本、そして文庫版はすでに絶版のようですが、kindleやオンデマンドのペイパーバック版で入手が可能のようですので、ご興味を持たれた方はそちらをどうぞ。

 

内容の感想やリクエスト、記事を見て本を読みました、読み返しましたなどありましたらコメント欄に書き込んでいただけるとありがたいです。以上、眼鏡堂書店でした。